「……俺のこと好き?」
必要なのは、単純な質問と、その答えだ。
轡田が眉を寄せる。なぜそんな難しい顔をするのか。
「覚悟がいるのはあんたも同じだよ。だってあんたは知らないだろ? 俺がどれくらい愛情に飢えてるか、あんた知らないじゃないか」
知るよしもない。犬と飼い主だったのだ。言葉での交流はなかったのだ。
轡田が相手をまるごと呑み込む嵐の海だというならば、倖生は乾ききった砂漠だ。草木の一本も生えない虚ろな砂漠に、大波を叩きつけてみればいい。緑の大地ならば、木々は根腐れを起こすだろうが、乾いた大地は貪欲なまでに水を吸い込む。
足りない、まだ足りないと叫ぶかもしれない。
「俺はさみしくてたまらなかった」
右の目から、涙が零れる。
悲しいわけではないのに、泣けてくるのが不思議だった。
「あんたは俺を捨てるべきじゃない。そんな無責任なこと、しちゃいけない」
「ユキ」
「これ、かけて」
倖生が突きつけた銀鎖を、轡田が受け取った。
三歩で彼の目の前まで進む。轡田は困ったような顔を見せたが、やがては倖生の首に手を回し、銀鎖の留め具を填めてくれた。
クロスはちょうど、心臓の位置でスイングする。ただいま、と囁くように揺れる。
プラチナのひんやりとした感触に目を閉じた。首輪に比べて圧迫感はほとんどない。けれど役割は同じことだ。これは鎖。繋がれるのは倖生だけではない。倖生と轡田の両者を繋ぐ鎖。
轡田の両腕が開く。唇がユキ、という形に動いたが声にはならない。
抱きしめられる。
あちこち打撲している身体が痛むほど、強く抱きしめられる。
噛みつくように口づけられ、呼吸すら難しくなる。轡田はまるで飢えた狼のように倖生を貪る。唇から食われてしまうのではないかと思うほどだ。
初めての、口づけだった。
「ん……っ……」
搦め捕られた舌を強く吸われる。
唇を噛まれ、差し出した舌も噛まれ、愛撫に小さな痛みがつきまとう。痛みは倖生の身体に火をつけ、あっという間に燃え広がる。
枯れ葉の褥にふたりで沈む。
口づけは終わらない。轡田は倖生の上に覆い被さり、獲物の顔中にキスを降らせる。耳を齧り、頬を舐め、眉を歯に挟んで引っ張る。
「あ……あ、あ……」
尖らせた舌が眉間を行き来する。そんな場所が感じるなんて、いったい誰が思うだろう?
「……ッ……」
瞼をねっとりと舐められ、舌はそのまま睫の生え際を辿った。
怖いのに、気持ちいい。いや、怖いから気持ちいいのだろうか。もうわからない。
轡田にならば、目玉をしゃぶられても構わない——そんな危ない想像をした直後、目の端に舌先が沈んで白目を舐められる。
「ひ……あ、う……や——」
ああ、本当にどこもかしこも——自分は轡田のものになるのだ。
全身に鳥肌が立ち、夢中で轡田にしがみついた。
背中で枯葉がしゃりしゃりと崩れていく。やがて乾いた葉は粉々になり、ほっそりとした葉脈だけを残すのだろう。
いっそ、そうなってしまってもいい。
粉々にされたい。轡田の愛で。
眼球への愛撫で倖生からたっぷり喘ぎ声を引き出したあと、深い口づけが再開される。ふたりの唾液が混ざり合い、それを飲み込むと臓腑まで轡田に染まるようだった。
轡田の大きな手が倖生の髪をかき交ぜ、枯葉まみれにしてしまう。互いの下半身が密着し、欲望の隆起は隠しようもない。もちろん昂っているのは倖生だけではないが、ガウンの下は肌着一枚なのであまりに刺激が強すぎる。
口蓋を舌でぞろりとなぞられた瞬間、限界は唐突にやってきた。
「は……っ、あ、ん——ッ!」
背中が反り、びくびくと震える。
肌着の中が、粗相をしてしまったかのように生暖かく濡れていくのがわかった。
「……まだキスだけだ」
からかうというよりは、厳かに真実を告げるように言われ、羞恥に襲われる。
倖生が射精したというのに、轡田はキスをやめてくれない。
小さく痙攣する身体を抱きしめたまま、ぜいぜいと乱れる呼吸まで吸い尽くそうとする。絶え間なく与えられる甘い苦しみに、倖生の目から涙が流れだすと、轡田はそれすら一滴残さず味わい尽くそうとする。
「おまえを喰らうよ」
囁かれるのは、物騒な愛の言葉。
「——本当に覚悟するべきなのはどっちだったか、たっぷり教えてあげよう」