(俺のいたとこってネオンで明るかったからなぁ)
 この世界には電気がなく、明かりといえば火の明かりだけだ。要所要所に松明やかがり火はあるものの、何もない場所は目を凝らさないと躓きそうなほど暗い。枯れ枝や草に足をとられないように気をつけながら、樹里は神殿の裏側を目指した。裏に回るだけでもかなりの距離があり、いつ見つかるか気が気ではなかった。城に近づくつもりはなく、神殿を抜け出したら民家のあるほうへと行くつもりだった。
(あれ……っ? 何だ、あれは……)
 薔薇でできたアーチをくぐると、庭園っぽい場所に出た。低い木々の隙間から平屋の木造建築が見えた。それまで石造りの建物ばかりだったので、木造建築を見たとたん違和感が湧いた。城や神殿、眼下に見える民家も石造りのヨーロッパふうの建物なのに、あそこだけ別空間みたいだ。気になって思わず近づくと、やはり変だった。
 日本家屋がある。
 樹里は呆然として目を凝らした。ガルダから習ったこの国の話では、こんな建物があるなんて聞いていない。建物はどう見ても日本家屋で、土壁に丸い窓、茅葺屋根になっている。窓には障子らしきものがあるし、入り口は引き戸だ。
(ここ……何かおかしくないか?)
 突然日本家屋が現れて、喜ぶよりも違和感のほうが強い。
 中に誰かいるのだろうかと思い、そっと丸窓から中を覗こうとした。とたんに、樹里はびくりとして立ち止まった。
 まったく人の気配を感じなかったのに、樹里に背を向ける体勢で男が立っていた。池の前に佇み、月を見上げている。上半身は裸で、下半身にはズボンとパレオみたいにゆったりした布を巻いていた。日に焼けた肌にたくましい胸板、隆々とした筋肉が肩から背中にかけてついている。身長はかなり高く、見た感じ一九〇センチちかくはある。
「おい」
 男は背中を向けていたが、樹里が隠れようとすると低い声を発してきた。樹里はその場から動けなくなった。男はゆっくりとこちらを向き、つかつかと寄ってくる。日本家屋近くのかがり火の傍を通った際、男の顔がはっきり見えた。顔立ちは凛々しく、鼻筋の通った美形だ。年齢は二十代半ばといった頃で、金色の髪が片方の目にかかっている。男の目は宝石のように綺麗な青色だった。
「珍しい屋敷だろう? 他国の技師に設計図を引かせた。木で造る屋敷なんてみすぼらしいに決まっていると言ったんだがな。出来上がって見てみたら、面白い造りで気に入った。今度他にも造らせてみようと思っている」
 男は木造建築を指差しながら、優しげに微笑む。
「遅かったな、待ちくたびれたよ」
 樹里の前に来るなり、男がそう言って手首を掴んできた。その手の力強さに圧倒された。喧嘩に明け暮れていた樹里には分かる。この男はかなり強い。握力もあるし、周囲に漲っている気が、尋常じゃない。
「ちょっ……」
 男は誰かと勘違いしているらしく、嫌がる樹里に構わず、被っていたフードを外した。ばちりと目が合って、人違いに気づいてくれるかと思ったが、意に反して男はひどく満足げに笑う。
「いい顔だ。気に入った。待たせた罪は忘れてやろう」
 男は樹里の顔を見て目を細め、ぐいぐいと家屋の中へと引っ張った。
「あ、あの、違います、違いますから!」
 勘違いされたままなのに焦り、樹里は逃げようとした。だがびくともしない。それどころか離れようともがくと、大笑いして樹里を肩に担ぎ上げた。
「ひえっ」
 男に担がれた経験などない樹里は、引っくり返った声を上げて暴れた。男は気にもせず、樹里を担いだまま縁側から室内へと入る。
「暴れるな、落とすぞ。それとも、そういう趣向なのか?」
 男の並外れた腕力によって樹里は日本家屋に連れ込まれた。室内は香の匂いが漂う板張りの部屋で、床に毛皮が敷かれている以外は数えるほどしか物がない。だが床の間はあるし、やっぱり日本家屋っぽい。この世界でどうしてこんな場所があるのだろうか?
「は、放してくれ!」
 疑問はあるが、それよりも誰と勘違いしているのか知らないが、このままではまずいと思い、男の胸板を叩いた。
「う、わ……っ」
 訴えたとたん、いきなり毛皮の上に落とされた。熊を開いたような黒い毛皮だ。樹里がびっくりしていると、すぐに男がのしかかってきて、樹里の背負っていたリュックサックを奪う。
「何だ、これは? ずいぶんと縫製のしっかりしたものだな」
 しげしげとリュックサックを眺め、男が呟く。調べられたら大変だ。樹里がとり返そうとすると、素早くそれを阻止して男が樹里の手首を掴む。
「まぁいい、今、必要なのはお前だ」
 男はリュックサックへの興味を失い、部屋の隅にぽいと投げる。
「何を……っ!?」
 起き上がろうとした樹里を毛皮に押し倒し、男が屈み込んでくる。そう思った瞬間、男の唇が自分の唇に深く重なっていた。
「……っ!!」
 齧りつくようなキスをされ、樹里は頭が真っ白になって、反射的に拳を男の腹に入れていた。
「つ……っ、何する」
 樹里の攻撃は予想していなかったのか、男が腹を押さえて上半身を起こした。その隙に逃げようとしたが、すごい勢いで身体を反転させられて、腕を背後に捻じ上げられた。
「いってぇ……っ!!」
「痛いのはこっちだ。綺麗な顔をして、とんだ乱暴者だな。俺を殴るなんて、たいした度胸だ。まぁそういうのも嫌いじゃないが」
 男が笑いながら樹里の衣服の裾をめくり、下半身に手を差し込んでくる。躊躇なく性器を握られ、樹里は硬直した。男は背中に体重をかけて、樹里の性器を扱いてくる。下着をつけていないのもあって、直接の攻撃になすすべもなかった。
「やめろ!! 放せ!! 馬鹿、どこ触ってんだ!」
 赤くなったり青くなったりして暴れながら、樹里は怒鳴った。腕を押さえられているので暴れるたびに痛みが走る。喧嘩には自信があったが、こうなるとどうにもならない。男は相手を組み敷くのに慣れている様子で、樹里の耳朶に舌を這わせ、潜めた笑みを漏らす。