プレイグラウンド 第四話/松田美優 第四話

 勾配の緩やかな上り坂はずっと向こうまで続いていて、頂上へ到達するにはまだいくらか時間がかかりそうだった。街灯は少なく、しかもスポットライト的な役割しか果たしていない。民家の石塀や庭木の合間から洩れるわずかな明かりを頼りに細い道筋を辿るも、たなびく雲に月を隠され、夜道はいっそう暗いものになっていた。
 ゆっくりとそぞろ歩く。隣には清志(きよし)の姿がある。子供じみた独占欲に駆られ恥しげもなくごねて、あの場から清志を連れ去ることができたのに、凌我(りょうが)は落ち着かない。時折下腕で乱暴に目をこすっては、さも眠そうに俯(うつむ)いてばかりいる。チノパンのポケットに両手を入れ常に前傾姿勢を貫く清志もまた、やや腰を曲げているために正面が向きづらく、首を垂れたままだ。
 互いにそんなふうだったから、不意に目が合うなんて機会もなく、いつしか会話も途切れがちになっていた。沈黙が長くなる。のしかかる無言の重圧に、凌我は追いつめられていく。
 通いなれた清志の家。今夜はそこまでの順路が違う。そしておそらく遊ぶ内容が、いつもより少し濃密なだけ。つまりは日常の小さな変化にすぎない。
 冷静を装ってそう自分に言い聞かせてみても、高鳴る胸の鼓動はまったく鎮まらなかった。助けを請うように、横にいる清志に目を向ける。泣いた直後の、真っ赤に充血した瞳で。
「……清志。なんでずっとポケットに手え突っ込んでんの?」
「どうしても出せねえ理由があるからだ」
 できるだけ穏やかにと努めた凌我に対して、清志は簡潔に言い返してきた。相変わらず下を向く、その横顔は険しい。
 もしかしたらまた気が変わって、さっきの女たちの元へ戻りたいなどと思い始めたのではないか。不安感から、凌我がそんな疑念を抱き始めた矢先、公共施設らしい建物の奥に遊具が並んでいる光景を見つけた。
 思わず足を止め、独り言を零す。
「あ、公園……」
「寄らねーぞ」
 にべもなく言い捨てられた。凌我は横目に清志を見る。
「……俺のこと、かまってくれるんじゃねーの?」
 甘えた声で皮肉を言ってみると、清志はベッドでな、と告げた。
 小さな星が雲を逃れて儚(はかな)げに瞬く、空の下。道端にふたりして立ち止まり、強い視線を交わす。瞬きもせずに相手を見据え、静かに浅く、呼吸する。周囲の草むらから夏の虫の声が聞こえていた。
「……俺だってもう、我慢できねーよ」
 清志が言う。気恥ずしい台詞を、気難しい顔をして。
 涼しい夜風が距離をあけて立つふたりの間を吹き抜ける。火照った頬に細い髪が張りついて、凌我は目を眇(すが)めた。やけに喉が渇く。鼓動が激しく胸を打つ。
 身体的な変化に戸惑いの表情を隠せないでいる凌我に、清志はしばらく黙りこくってから、やがて口を開いた。
「じゃあさ、……10分だけ、あそこにある滑り台ん下で休憩しようぜ」
 固い笑顔を浮かべて促す。凌我はぎごちなく頷いた。
 夜間なら、いつも不良かカップルの溜まり場と化しているものなのに、その公園は真っ暗で、駐車場もない。車止めを用いて侵入すら禁止している。敷地を限界まで活用しているところから、本当に日のある時間帯に近隣の子供が遊ぶためにつくられてあるようだ。
 清志が言った滑り台はコンクリート造りのもので、昼間なら全体像も把握できるのだろうが、今はただ深い闇色に沈んでいた。横から通り抜けができるよう、中は丸くトンネル状の穴が開けられており、そこへ揃って潜り込む。
 静かだった。自分の心臓の音がうるさすぎて、周りに聞こえやしないかと心配になるくらいだ。凌我は背を丸めて、ジーンズの膝をきつく抱いた。
 それより幾らか砕けた姿勢で肩を寄せて、清志が話し始める。
「中学校上がったぐれーの頃かなー。俺、仲いい先輩らとつるんで毎晩ほっつき歩いてて、親と揉めてさ。家出したんだよ。灯台下暗しっつーの? アレ狙って、ここで一晩過ごして」
 感慨深く語る声は、懐(なつ)かしさも手伝ってか弾んでいた。視界不良の中、それでも凌我は清志の顔を眺めようとする。微かに触れる肩から温もりが伝わってきた。それほど距離が近い。
「朝方フラフラしてたらタカトウキヨシだな、つって後ろから声かけられたんだよ。振り向いたらおっかねー顔したオマワリがふたり立ってた。俺は捕らえられた宇宙人みてーに両脇抱えられてさ、そのままかっこわりくパトカー乗っけられて署に護送」
「はは、馬ー鹿」
 くだらない話題が場を和らげ、緊張を解く。凌我の口元も緩んだ。
「ふたりきりだな」
「んー……」
 あんまり軽い調子で水を向けてくるので、変な意識もなく返事ができた。けれどつかの間の無音に、再びあの気まずい空気が蘇りそうになる。凌我は慌てて言葉を繋いだ。
「でも俺、清志とふたりきりっつーの、結構好きだぜ」
「おー、俺も俺も」
 俄然乗り気で同意を示す相手に、暗闇で見えないながらも、甘い目つきで憫笑(びんしょう)を向ける。
「馬鹿。やらしい意味じゃなくて真面目にさ、……仲間の視線も女の視線も気にしないですむから、マジでラク」
「……お前は気にしすぎなんじゃねえの」
 苦笑交じりに、清志が説く。誠実で優しい声が胸に染みた。
「うん。そうかもしんねえ」
 照れ隠しに笑って、背筋を伸ばす。どんなに暗くて狭い空間にいても、ふたりきりなら弱音も吐ける。素直な言葉がさらりと口に上る。
「清志はいいなあ。好き勝手やって、なのに皆から好かれてさ。羨(うらや)ましい」
「え?」
 驚いた様子で聞き返され、凌我は反射的に清志を見据えた。視線が絡んだかどうかは定かでない。数秒の後、隣でくっくっという笑い声が起こった。軽く触れていた肩が小刻みに揺れて、何度もぶつかる。その度に凌我は胸が高鳴るのを感じた。
「あー……、なるほど、そんなふうに思ってたのか。はは、可愛いなあ」
 貶(けな)すような口調にむっとしながら、単純なほめ言葉に心を揺さぶられる。ふてくされた表情の凌我に、清志はきちんと顔を向けて諭した。
「お前それ、完全に間違えてるぞ。俺は誰に嫌われてもかまわねーから好き勝手してて、あいつらはそれ面白がってるだけ。別に俺のことなんかなんっとも思ってねーよ。実際腹ん中じゃ敵意、どころか殺意? 燃えたぎってるかもしれん」
「そんなん絶対ねーもん」
「わかんねーじゃん。誰も口に出して俺のこと好きなんて言ってくれねーし。凌我だってそうだろ」
 意地悪く責められて、凌我は声を詰まらせた。いきなり話の風向きが変わる。
「……んー?」
 たちどころに流れる密な空気を、冗談めいた口調と適当な笑顔でごまかした、つもりだった。清志は笑いもせず、畳みかけもせず、じっと黙っている。
「ちゃんと聞こえてんのに聞こえないふりして、わざとはぐらかす」
 暗く湿ったトンネル内に低い声が響く。衣ずれの音とともに、清志が肩を掴んでくる。
「お前の悪りー癖だ」
 吐息が触れ合うすれすれの、間近い距離でそう言われたかと思うと。
 突然食らいつくように、唇を奪われた。
 熱っぽいキスが始まる。呻きながら、瞳を閉じる。凌我は清志の広い背中に片手でしがみついた。きつくなった抱擁が、相手の昂(たかぶ)りを教えてくる。
「んん……ふ」
 夢中で唇を貪り合う。清志が最初に宣言した時間はゆうに過ぎたように思われた。
「こっちおいで、凌我」
 同い年にも拘(かかわ)らず、子供扱いの言葉づかい。けれど全然、嫌でなかった。それどころか嬉しかった。凌我は言われるまま、清志の腰の上に跨(またが)る。
「……」
 尻の下に、硬い感触があった。
「さっきからずっと勃ちっ放しでつれーんだよ。位置ずらさねーと」
 言いながら、清志が自分のそこに手を伸ばす。角度を変えた硬いものは、それでも窮屈そうに清志のチノパンを押し上げていた。向かい合わせで抱き合う格好になっている凌我は、衣服越しに犯されるような錯覚を覚える。
 ためらいをいち早く察知したらしい清志が、後ろへ引こうとする腰を両手で掴んで、制した。
「……凌我、キス。して」
 鼓膜を溶かす甘い声に、囁かれて、下唇を食(は)む。目を伏せ、手探りで清志の肩に腕を回す。周囲の暗闇に感謝しながら、凌我は自分から舌を絡めた。Tシャツの下から忍び込んできた清志の手が、密やかに胸元を弄り始める。
「あっ……」
 キスから意識が逸れる。唇を離し、息を荒らげながら凌我は腕を突っぱねた。清志が指と舌を巧みに使って快感を煽り立ててくる。Tシャツを鎖骨辺りまでたくしあげられ、乳首を唾液まみれにされた頃にはもう、凌我の目は恍惚(こうこつ)に蕩け、ジーンズの中のものは清志と同じ状態になっていた。
 ベルトを外され、下着ごと膝までずり下ろされる。興奮の有り様が外に曝し出される。その先端からは唾液に似た、それより遙かに粘度の高い液体がにじみ出ている。清志はそれを親指の腹で塗り広げてから、全体を握り込み、ゆっくりと上下させた。
「……あ」
 清志の手の動きに合わせて、衝動的な快感が背筋からぞくりと這い上がってくる。
 夜風はトンネル内を通過しない。だからといって決して蒸し暑いわけではないのに、こめかみを汗が一筋伝い落ちていった。
 下肢を剥き出しにして足を開き、ジーンズと下着を膝に絡ませスニーカーを穿(は)いたまま、即物的に快感を味わう。凌我は湿り気を帯びた声で喘いでは、やるせなく頭を振った。細い髪が汗ばんだ皮膚に張りつく。背中にある清志の立て膝に手をかけて、存分に腰をくねらせる。
 絶頂に達する直前で、口での愛撫に移った。凌我は天井に当たりそうな頭を低く屈めて、清志の両の肩を掴んだ。濡れた指先があらぬ場所に触れ、その指が体内に滑り込んできてももうかまわなかった。吐息交じりに清志の名を呼びながら、めくるめく官能に眉を寄せ、半眼した瞳を潤ませる。
「んっ、んっ、あ、ああ、……っあ」
 だらしなく開いた唇から無意識に声が出ていた。ガクガクと脚が震える。ことごとく狭い場所で、無理な体勢を強いられていると、精を吐く、その一点にしか意識が集中しなくなった。
 もともと凌我は性質として我慢強いほうでない。家族内では姉や父に、仲間内では清志に甘えきり、大抵の欲しいものは苦もなく得てきた。そうした経緯からか逆境に弱く、すぐに楽になることを考えてしまう。それでもしばらく耐えた。けれど結局、逆巻く波のように容赦なく襲いくる情欲に負け、泣きを入れるはめになった。
「き、清志」
「ん?」
 声もしぐさも、清志は落ち着いている。もう我慢できない、と言ったくせに。理不尽な怒りに燃え、自分勝手を認めもせず、凌我は目を尖らせて見えない相手を正面から睨んだ。唇を噛みしめ、俯き、小さな声で頼んだ。
「……っ、もう、我慢できない」
「達(い)きてーのか」
 冷静に訊かれ、顔から火が出そうになる。頷いても、相手にはわからないだろう。声を出して言わない限りは熱を鎮めてもらえない。凌我は泣きそうな顔で、そうだと告げる。
「自分だけ?」
「……え」
 てっきりいつものように、すぐに何らかの処置をしてくれるものだと思い込んでいた。清志の問いかけに、目を丸くする。
「俺は、なんにもしてもらえねーの?」
 そう続けながら、清志が地面にずり下がっていた身体を立て直し、胡坐(あぐら)をかいた。膝立ちする力を失くした凌我はすとんと腰を落とす。ちょうど対の位置に、清志の猛々しい興奮を感じた。
「触ってくれよ……ナマで」
 まだ自分と同じ十八歳なのに、どうしてこんな声が出せるのかと訝しいくらい、艶(なまめ)かしい声色で命令される。
 凌我は無言でチノパンの上部に手をかけ、バックルからベルトを引き抜いた。ファスナーを下し、屹立を掴みだす。同性のそれを触るなんて今まで一度も思ったことはないし、当然そういう機会もなかったが、清志のものだと思えばなんの抵抗もなく指を絡ませることができた。
 慣れた右手で、自慰のように扱く。似たような形状でも、握ればやはり微妙な違いがある。清志が詰めた息を吐いた。そしてやりきれなさそうに、後ろへ身じろぐ。
 そういえば最初に咥(くわ)えられたとき、清志は自分で慰めていた。いったいどれだけ我慢したんだろう。ただでさえ下半身はルーズなこの男が。
 ほぼ無意識に手を動かしながら、発情した身体と頭で、凌我はそんなことをぼんやりと思っていた。
「……凌我」
 擦れ声を放って、清志が脚をわずかに開いた。ごくりと喉を鳴らして、二の腕を掴んでくる。その手がまるで縋(すが)りつくようで、凌我は胸を熱くした。
 右手に清志を握り込んだまま、腰を屈め、頭を下げる。大柄な清志の身体がびくついた。
 今まで自分が受けていた甘美な行為を、やり返す。それだけのつもりだった。手で構うよりも口に含んで吸ってやるほうが、やはり気持ちがいいものらしい。舌の上に、粘液の味が広がる。頭上から降ってくる吐息も荒く、呼吸は速まっていった。
「やべえ、部屋まで……保(も)たねえ」
 悔しそうに、歯ぎしりしながら清志が告げてきた。両脇に手を入れられ、顔を埋めていた下肢から無理やり引き剥がされる。
「っ、あ」
 自分を抱きあげる清志の腕に手をかけて、目を見開く。腰が浮かさている。脚は広げたままだ。薄い尻の間に、屹立をあてがわれる。挿入は明白だった。
 清志は自身に施された過剰な潤いに乗じて、入り口の粘膜をこじ開けようとする。凌我は息を呑んだ。すぐに位置が合い、中断を請う間もなく、下から一気に突き入れられてしまう。
「あ、あ、ひあ……っ……!」
 凌我は高い悲鳴を放ち、後ろへ仰け反った。強張った指で清志の腕に爪を立てる。体内に、清志がいる。受け入れている。その認識だけで達しそうになる。
「はっ、はっ、んっ、駄目」
 清志の衣服から漂う甘い匂いを嗅ぐ。朦朧(もうろう)としながら言葉を紡ぐ。清志はなにかが吹っ切れたように、無心に下から突き上げてたた。上下の衝突の反動で、また奥深くまで受け入れてしまう。無情なその繰り返しに息が上がる。
「だっ、駄目、んっ、んっ、清、志」
 近所の人間に知られたら通報されるのではないかという大声で、泣いて、喚く。壮絶な速さで抜けては入り、抜けては入りしていく清志のものが、凌我の中を摩擦した。押し込まれるたび、強い快感が内壁を突き破って奥を穿つ。
「いっ、嫌、嫌だ、あっ、あっ、あっ」
 熱い涙が目から溢れ、頬を流れおちていく。嗚咽(おえつ)を上げながら、凌我は清志の胸から下腹にかけてを真っ白に濁る体液で汚した。
「と、友達がいい……友達でいてえ、のに」
 腰骨ごと打ちつけられ続け、うわ言のように言い募る。清志は何の返事も寄こさない。
 距離を置かれるのが嫌で、近づかれ過ぎるのも嫌で。自分にとってもっとも都合がいい状態で、関係を保っていたかった。たとえそれが相手にとってどんなにか無礼で、非情なことだったとしても。
 足りない餌で満足したふりをしてくれていたのは、清志の譲歩だ。それを認めて、納得しなくてはならない。なのにまだ、ふたりの仲を深める覚悟が決まらない。そのくせ度を超えて清志を欲しがったりしてしまう。
 腑甲斐(ふがい)ない自分自身に、凌我は恨みをこめて叫んだ。
「んで、それじゃ駄目、なんだよ……っ」
 声は、暗闇に吸収されて虚しく反響するだけだった。
 啜り泣きと、喘ぎと、呻き、衣ずれ、そしてわずかな水音。それらが公園の遊具の下から一切鳴りやむには、相当の時間を要するだろう。絶頂を極め、放っても、引き抜こうとしない清志のものに奥を抉られながら、凌我は濡れた睫毛(まつげ)を閉じ合わせた。
 両手を清志の胸に置く。そこに体重を乗せて自ら腰を揺り動かす。吐息と共に漏らす声が、次第に甘さを増していった。

   格子戸をガラガラと閉める音が家の中に響いた。
 目がくらみそうな外の眩しさから一転して、薄暗い中に身を置く。趣のある木造の民家は一歩足を踏み入れただけで、懐古の世界に誘い込まれるようだ。
「俺、風呂で汗流してくるわ。先に部屋上がっててくれよ」
 薄汚いスニーカーを脱ぎ捨てて、稔(みのる)が言った。凌我は作り笑顔で応える。厚い胸板に肩を押され、背後を振り仰げば、夏の制服に身を包んだ清志と目が合う。
 意味深な眼差しに、凌我の喉が小さく鳴った。
 友人としての一線と遊びの度を越えたセックスは、まさしく蜜の味で、容易に忘れられるものでなかった。ゼロでない限り、一でも百でも同じこと。言い訳しながら回数を重ね、そうなるごとに仲間を欺く罪の意識も、倫理観も平常心も、どんどん失っていく。
 転落の恐怖に怯えながら、どうすることもできない。これではなんの進展もない。わかっているのにどうしても、清志から離れられない。
 せいぜいできることといえば、目線を外すくらいだ。凌我は前に向き直った。背後に感じる清志の存在が気になって、息苦しい。
「おじゃましまーす……」
 裏の畑で家人と行き会い、誰もいないと知ってはいたが、一応断りを入れて家に上がる。その家独特の香りがふっと鼻腔をくすぐった。
「あ、そのうちセイジとかあっちゃんが来るっつってたから、よろしくなー」
 ひとり別方向に向かう稔が声を張り上げる。足音に合わせて板張りの廊下が軋み、やがて消えていく。
 稔の部屋は梯子階段(はしごかいだん)を上ったすぐのところにある。ちょくちょく来ているので凌我でも迷わずに辿りつけるが、幼少時からつきあいのある清志には自分の家のようなものなのだろう。壁にかかる一輪差しを勝手に触ったりしながら、ぶらぶらと後をついてくる。
 稔の部屋の襖を開けると、部屋に垂れ込めていた熱気に包み込まれた。脱ぎ捨てた衣服に雑誌、ガラクタを踏み分けて中に入り、慌てて窓を開ける。冷涼な風が開けた白シャツの胸元に入り込んで心地いい。凌我はふう、と安堵の息を吐いた。
 窓の桟から手を離す。部屋の内部に向き直る。清志は薄いグレーのスラックスのポケットに両手を突っ込んで仁王立ちし、唯一散らかっていないスペースを目で知らせた。
「……セイジやあっちゃんが、来るんだろ」
 冷めた目つきで意見しても、聞き入れてもらえる雰囲気でない。凌我は薄く笑って部屋の中を眺めまわした。
 立派な梁(はり)にぶら下がる幼稚な玩具。落書きされた漆喰(しっくい)の壁。せっかくの趣もこれでは台無しだ。
「凌我」
 呼びかけに、時間を稼ごうとした視線を引き戻される。清志はその長躯(ちょうく)を活かすかのごとく上から見下ろして、厭わしげな口振りで言った。
「アイツ風呂長げーし、セイジもあっちゃんも当分来ねえよ」
 断定。決めつけ。清志の発言には根拠がない。けれど凌我は素直に騙されたふりをする。身体で心を満たすために。
 普段稔が使っているベッドの上に、ふたりして乗り上がる。そこで制服姿のまま犬の交尾ごっこを始める。何にしても、リアルに拘るのが遊びの信条だ。接合部だけは忠実に、生身のそれを用いて模す。
「凌我、凌我、好きだ……マジですげえ好き、凌我」
 犬もこんなふうに生殖の最中、愛を囁かれたりするんだろうか。
 四つん這いで後ろから犯されながら、凌我はそんなことを考えて汗臭いシーツに顔を埋めた。


続く…
 
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